へら竿のすべて

「コミスリ」

 さて、いよいよ、重大な「コミスリ」である。差し込みのテーパーづけである。コミは、接合によって玉口の中に姿を没す雄であり、雌、つまり玉口の口開けが終ってから、雄雌(おすめす)揃ったところで説明すべきものなのだが、制作の順序からいうと、まずコミをつくり、そのコミに合わせて、玉口を開けるということになる。
 したがって、コミスリが不正確では、よい接合はあり得ないということにもなる。竿がぎしぎし泣き声を上げたり、差したものがゆるんで抜けたり、抜けなくなって綱引きをしたりはまったく情けないが、もっと重大なことは、いい加減なコミが玉口を損傷すること、歪みを呼んで竿の調子を破ることにある。
 コミスリ作業はよほど綿密に、入念に正確に行わなければならない。竹は鉄などと違い、精密度の多少の甘さが竹本来の柔軟さとマッチして、却って味わいのある快い接合が容易な筈だ、などと放言する人があるが、全く、竹を甘くみた話である。
 コミのテーパーの度合(俗に、オチという)については、基準がある。コミの長さの百分の一、つまり、差し込みの長さが三寸とすると、オチは三厘ということだ。だから、差し込み完了線の太さが三分の場合は、コミの尖端が二分七厘になるようにテーパーをつけるということになる。百分の一以上にオチを強くすると抜け易く、また逆にオチを甘くすると抜けにくくなる。
 まず竹を上下逆に持ち、コミの部分を台上にのせ、竹をゆるやかに回しながら平鑢で削る。尖端からおろしはじめ、次第に、差し込み完了線へ向って削り上げる。万遍ないテーパーを作ること、どの面で測っても真円であることが絶対条件だ。
 右図によれば、コミの長さが三寸二分、したがって、オチは百分の一の三厘二毛、差し込み完了線(イ)の太さが三分二厘だから、コミの尖端(二)の太さは二分八厘八毛、コミの三等分線を(ハ)、(ロ)とすれば、それぞれの太さは三分一厘、三分弱ぐらいとなる筈。(イ)、(ロ)、(ハ)、(二)の太さを予め計算しておき、削っては計測し、計測しては削り、精密につくる。
 最後は、目の細かいペーパーで美しく磨き上げる。(ロ)、(ハ)の点は、必ずしも厳密な三等分線でなくともよい。むしろ、(二)の方へ少しずつ近づいてよい。極端な場合は、(ロ)を二等分線にとり、(ハ)を四等分線にとる人もあるぐらいだ。
 コミスリの大部分を切出ナイフで行い、仕上げを平鑢でやる方法もある。また、竹を動力で回しておき、平鑢をあてがって削る場合もある。いずれにしても、平鑢、小刀の技術は極めて高度の熟練を要するところで、名人になると、鑢の音ひとつで、テーパーがいびつかまっとうか、真円か楕円かの判別がつくといわれている。

中間的な雑作業

 コミスリが仕上がると、改めて、竹の表面を、ガソリンなどできれいに拭き清める。これは、漆が脂をきらうからだ。
 次に、胴うるしをかける。朱合(しゅあい)という漆を、竹の全面に、手で万遍なく、地肌にすりこむようにして塗りつけ、のばし、充分に行き渡らせておいてから、汚れのないモスリンなどの布地を用いて、ムラを残さぬように、きれいに拭きとる。そして、漆のムロに入れ、乾燥させる。
 漆については、改めて述べるが、ムロは湿気乾燥だから、矯めた筈の竹に、再び多少の狂いが出ると見てよい。そこで、中火(なかび)を入れる。この中火は、前にも述べた通り、強烈な灼き入れは無理で、修正的な矯め作業が主眼となる。
 胴うるしをかけることの意味は、潜伏しているかもしれない竹の歪みをもう一度呼びさまし、糸をまき漆をのせる前に、矯めを徹底させておくことと、もうひとつは、以後の作業の中で、竹の表皮を傷つけたり、汚したりすることのないよう、一種の美しい防膜を張りめぐらしておくことの二面の狙いがある仕事だ。
 節を巻く場合のみ、芽の窪みに石膏をつめる。ボンドとか、ビニール塗料で石膏をとき、箆(へら)で塗りつけて充分に乾かす。これは、糸を巻いたとき、糸の下に空間をつくらないためで、将来、漆の面にひび割れなどの故障が起きないための用心である。石膏がよく乾いたあと、再び平鑢をかけ、石膏の面を竹と全く同じ高さに平らに整え、サンドペーパーをかける。用心深いやり方としては、この上に、さらにごく薄い和紙を貼って石膏面を蔽い、乾いたあと、紙の端に軽くペーパーをかけて竹の面との差をなくしておく。糸を巻いた場合の段ちがいを失くすためだ。
 ここまでを、関東では、巻下などと呼んで区切りをつけているが、作業上の特質的な区切りはなにもない。直ちに、つづいて糸巻き作業に移ってよいわけだが、ここでちょっとお断りしておきたいのは、穂先のことである。
 穂先は、普通、この段階ではまだ作らない。作ってもよいのであるが、漆作業も八分通り進行し、口巻の漆が十分硬化した頃、玉口をあけて接合を行う。その時になって、元から穂持までを現実につなぎ合わせ、その調子を見て穂先を削り、その穂先をつないだ上で全体の調子を見、さらに穂先を修正する方が、便利でもあり、納得のゆく仕事がし易い。そんなわけで、穂先については、のちに詳しく触れることにしたい。中火を終ると、まず手許の握りの、ふくらみの形をつくる。これには、必ずこれでなければならぬというほどの、決定的な方式があるわけでもない。いろんな竿師がいろんな試みをやっている。たとえば、手許の部分にぴったりとはまる竹を選んで外に嵌(は)めこみ、その外側の竹を削って適当なふくらみをつくったり、或いはキルクをかぶせたりだが、まず、大概は、古新聞紙を利用するのが常識のようだ。
 私も若い頃、人形劇に使う人形の首など、新聞紙を膠(にかわ)で煮たものを材料にして製作したことがあるが、新聞紙を幾重にも重ね巻きにしたものに充分漆が浸透して乾燥したとなると、全く別個の物質になり変わったかと思えるほど、堅牢で軽く、握り下の材料としては、最も有効だといえる。
 新聞紙の巻き方にも二、三ある。仮りに握りの長さを五寸とすれば、五寸幅の長い帯状のものを新聞紙でつくり、固くゆるみなく巻き締めながら、適当な太さになるまで巻き進み、糊は、巻き始めと巻き終りにだけ軽く使用する。そして、カミソリの刃などで適当に削り落とし、好みの形にふくらみを残す。
 或いは、左図のように、新聞を広げた長矩形の底辺に、握りの長さ五寸の目盛をつけ、握りのふくらみの最も高い位置がたとえば竿尻から八分とすると、底辺に相対する五寸の辺の、端から八分の点をマークして、その点から底辺の両端に向って直線をひき、底辺五寸の長三角形をつくる。長さは、普通、新聞四頁分、全紙横の長さの三倍(約七、八寸)と思えばよい。これを、底辺の方から、左右に偏せず手許に巻き重ねて行くと、もうそれだけで、殆ど所期のふくらみが出来上る。
 もうひとつは、前頁の図(ロ)のような形に新聞紙を切り抜く。大体、長さ八寸ぐらい、幅は中央で一寸強ぐらい、握りの細い方から一枚ずつ、それぞれの巻き始めを少しずつずらしながら重ね、逐次、形を整えつつ竿尻へ向って巻き進む方法。これは、新聞紙の各片が、細かく多方面に重なりあい、理想的と思えるが、技術的にはそう簡単ではない。(ロ)図の形のつくり方、巻き方にいろいろの工夫が必要だ。
 握り下の形が出来たら、ペーパーをかけて巻き上がり表面の段差を落し、滑らかなスロープを作り、その上に、糸を巻く。糸はなんでもよいようなものだが、のちの火入れの時の耐熱性、漆との適合性、竿の操作にあたって掌の中で滑らないためにも、やはり、木綿の、特に晒(さら)してない手触りの荒い節糸が最適といえる。昔は、殆ど、籐蔓(とうつる)を巻いた。仕上がりが美しく品位もあるが、滑りやすいことと、漆がしみこまないため弛みやすく、破損の多いことが欠点だ。それと、最近は、籐削りの優秀な職人が少なく、細い美しい材料の入手も困難だそうで、繊細優美な籐巻きの握りはなかなか見受けられなくなってきている。綿糸、籐以外にも、たとえば、麻糸を巻いたり鮫(さめ)の皮でくるんだり、いろんな試みが可能だ。
 制作の順序としては、新聞紙で下地をつくるだけにとどめ、漆作業もかなり進んだところで握りを巻く場合が多い。これは、あとの作業中に、折角の握りが破損するのを防ぐためで、それほどの深い意味はないと思う。

糸巻作業

 次は、俗にいう糸巻作業。玉口から第一節にかけての口巻き、段巻きの化粧の部分、総漆塗りの穂持では口巻きと節の部分などに糸を巻く。糸は、普通一号か二号の極細(ごくぼそ)の、紡(つむ)いだままの撚(よ)りの少ない絹糸を使うのがいいようだ。漆の下から糸の色が透けて見えるような、特殊な効果を狙う場合以外は、大概、染めないままの白い絹糸である。
 糸巻きは、もともと、手巻きでやっていた。あの細い糸を、それこそ一糸乱れず、びっしりと平均に、隙間もなく巻いていくのだが、相当な技術と時間を労する作業だ。
 かねてマークしておいた化粧の目印の通りに巻き、巻く必要のない部分は、荒けて大雑把に巻きつなぎ(これは、漆で糸止めが利いたあと切り捨てる)、次の目印から、また、密にびっしりと、同じ緊迫度で巻いていく。糸巻きは大体、竹を左小脇にかいこみ、左の掌の中で、竹をくるくると絶えず平均に廻し、右手で糸を長く引きながら少しずつ送っていく。熟練した技術を見ていると、正確な機械のように指が動き、竹が回転し、デザインのままに、むらなく見事に進んでいく。もっとも、下手がやっても、とことん執念深く丹念に、根(こん)をつめ、時間をかければ、一応巻けないことはないのだが、ゆるく巻けたり、強く巻けたり、のちに損傷の原因になることが多い。
 手巻きの方法としては、他にもある。釣りの時の元受けの二股を机上の二ヶ所に立て、その上に竹を渡して乗せ、左手で糸を引くこともある。
 また、竹を両手で水平に保ち、目の上の高さに持ち上げ、両手で竹を回転させ糸をまきつけながら下へさがってくる。限度まで下がると、竹の回転をやめ、そのまま再び目の上の高さまで両手を引き上げ、また、巻きはじめる。
 この場合、糸に張りを与えるため、糸巻きから直接糸を引かず、机上の一点に適当なブレーキ・ポイントをつくり、そこを通過させるのが思いつきといえよう。最近はほとんど機械巻きであるが、穂先の節巻きなどはどうしても機械にかけられない関係で、手巻きは依然貴重な技術として看過(みす)ごすことはできない。
 糸巻きの機械は、竿師がそれぞれの考案に従って、作ったり作らせたものだから多種多様である。手動式と電動式とあるが、今はほとんど動力式である。ごく軽便なものから大仕掛けのものまでいろいろあるが、要するに一種のロクロである。竹の両端をスプリングで挟んで回転軸に固定し、動力によって竹を回転させ、片手で竹のぶれを抑えつつ、片手で糸を引き、少しずつ糸の位置をずらすことによって巻く。慣れた人は、一瀉千里、目にもとまらぬ早さで、あっという間に巻いてしまう。つくづく感嘆させられるが、実際にやってみると、意外にある程度には巻けるものである。
 糸の巻き始めと巻き終りについては、少し古い釣師なら、もう先刻ご承知のことと思うので省略しておく。
 糸巻きを終った竹は、そのまま長く放置すると、埃がたかったり、ゆるんだり、ほどけたりするので、なるべく早く、糸どめの漆をかけ乾燥用のムロに入れるのが賢明である。