名竿「孤舟」の秘密(1)

 名竿「孤舟」の作者、羽田旭匠さんが逝くなられた。まことにかけがえのない人を失ったものである。
 旭匠さんは偉大であった。名竿「孤舟」に愛着するほどの人は、旭匠さんの偉大さを知っていた。また、同業の竿師の中にも、特に、畏敬の念を持って仰ぎ見ていた人がいるはずである。旭匠さんの偉大さは、私ごときが今更とやかく言うまでもない明白な事実なのだ。しかし、私は敢て、旭匠さんについて語りたいと思う。それは、旭匠さんの、ほんとうの偉大さが、案外、見落とされているように思われるからだ。竿作りという職業が、社会通念の上で、比較的軽く低い位置におかれていることと、旭匠さんの先駆者としての運命が、旭匠さんを孤立、孤独の境遇に追いやったことが、旭匠さんのほんとうの偉大さを蔽っていたように思えるからである。
 旭匠さんとの、二十年にわたる折々の触れ合いを通じて、特に、竿作りの手ほどきを受けてからというものは、私の胸の中に、いつも、旭匠さんの姿があった。私が、本業の演技に取り組んでいるときも、ヨットや麻雀などの遊びにうつつを抜かしているときも、ふと、眼の前に旭匠さんが立っていた。旭匠さんの、あの鋭い眼が、たちまち私を厳しい気分に引き込んでしまう。呵責なく、純粋に人生を貫こうとする旭匠さんの気魄が、私の懶惰(らんだ)な心に活を入れてくれるのだ。
 人と人の交わりは、夫婦とか友人とか、理屈抜きの情でつながっていて、それはそれで美しい。しかし、そこには、ともすると、狎合いのような惰性も入ってくる。お互い、弱い者同士の人間が、それを慰めとしている場合も多い。狎合うことが、相手への理解であり、許し合いである場合が多い。というより、それなくては、お互いの親密と平和が保たれないようにさえ見える。むしろ、それこそが、一般の常識、処世術とも見ることもできる。そのような意味では、旭匠さんは、まことに近寄りがたい、気の張る人柄であった。峻厳に一切の狎合いを拒み、あくまでも自分に正直であろうとする旭匠さんの激しさが、あいまいな事勿れ主義を受付けなかったからだ。為にせんとする思惑や、卑屈な賞讚、権力的な傲慢、あらゆるにせの仮面は、旭匠さんの鋭い嗅覚の前では、ひとたまりもなかった。旭匠さんはいつも、地金丸出しの裸で横行していた。旭匠さんに接するには、こちらも裸になる必要があった。旭匠さんにとっては、裸であることがもっとも自然な姿勢であったが、私たちは、努力しなければ、なかなか裸にはなれない。それほど浮世の垢が地金をかくしているのである。この差が、旭匠さんのまわりに、ややもすると、倨傲(きょごう)、狷介(けんかい)の評判をつくった。旭匠さんは、むしろ知已に餓えていた。夜を徹しても語りあえる友を欲していた。狷介どころか、実は、凡々たる、大変に人なつこい性質であった。
 旭匠さんの純粋さは、私には、いつもお手本と映った。芸能界に限らず、この世は、あらゆる不合理と頽廃に満ちている。そこでは、嘘と妥協が常であり、自分に正直な、一筋の生甲斐を貫くことは非常にむづかしい。それだけに、旭匠さんの姿は、いつも私には、警鐘であり、激励であった。竿作りの指導を受けたことよりも、人生の師として、私は以前から旭匠さんを師と呼んでいるのだ。

名竿孤舟の秘密差し込み写真(孤舟)

「孤舟」も現在では二代目になりました。幼少の頃から、父親である旭匠に手ほどきを受けた息子さんが「孤舟」銘を継いでいます。竿名の彫り方や長さの表示、調子の表示などが紀州のへらぶな竿とは異なります。また、握りの後ろの部分が石突のような形になっているのも、孤舟の特徴です

 人間が生きるということは、いったいどういうことなのか。旭匠さんについて語ろうとするには、どうしても、この根本的な難問にぶつからざるを得ない。
 いまや地球上に人間が充満して、数十年後には、飲食物さえ欠乏するであろうという時代に、それだけ大勢の人間が、それぞれのやり方で、現実に生きている。特に日本人は、外国人が感嘆するほど勤勉で、仕事に精を出す人種だといわれている。なぜ、それほどまでに働くのか、理由は簡単だ。それだけ競争が激しく、それだけ貧しいからだ。うかうかしていると、妻子を飢えさせることになる。毎日の生活に追われている点は、お百姓も、銀行員も、八百屋さんもお役人も同じだ。程度の差はあっても五十歩百歩、長年にわたって、習慣的な、一億総勤勉に追いこまれていることは否定できない。このような忙しさは、いわば、火の粉を払いながら火事場を走っているようなもので、人生とは何ぞやというような、哲学的な命題に取り組む余裕すらないのが現状だ。火事場の向うにいったい何を夢見て走っているのであろう。ときに疑問を感じても、深入りしている暇はない。ようやくの思いで走り抜けることが出来たとしても、もはや呆然と気落ちしてうずくまるのが関の山である。それが、私たち凡愚な人間の、普通の姿である。にも拘わらず、やはり私たちは、刻々に、生甲斐を見出そうとする。哲学のはじまりは、誰にでもあり得るはずで、その生甲斐が、あるときは金銭であり、名誉であり、技術であり、マイホームであり、事業欲であったりして、どうやら動物的ではない人間の面目を保っていることになる。しかし、一括して云えば、その生甲斐の大部分は、実用の世界に属することであって、非実用の領域に一歩踏み入れる人は少ない。この頃流行のレジャーは、多少とも、この非実用につながるだけに、悦楽の度もそれだけ高いといえるのだが、これはすべて消費の生活であって、生産活動ではない。非実用でありながら、激しい生産につながるものといえば、芸術的な活動である。たとえば、絵画、彫刻、詩作、音楽、演劇など、俗に芸術と呼ばれているものは、たとえ、それがなくても、決して、人間、飢えはしないのである。あらゆる芸術は、ある意味では、無用の長物なのである。にも係わらず、遥かな昔から、幾多の芸術が栄え、貴重な遺産の数々が私たちにのこされている。
 お断りしておくが、私は、芸術至上主義者ではない。人間の活動の中で、ひとり芸術のみが貴く、芸術のみが人間の生甲斐とは思っていない。しかし、芸術的な創造活動というものの意味合いについて、あまりにも無関心、無感覚な人にとっては、旭匠さんのありようが、きわめて判りにくいという点を強調しておきたいと思う。
 人間も動物である以上、生命維持のためには、最大の努力を傾ける。そのさい、精神は、実用のための知恵として最大に活躍する。しかし、精神というものは非常に奔放なものであるから、止め度もなく天翔ける場合があり、生命維持とは直接関わりのない、非実用の想像をも成し遂げる。精神の自由は、生命維持にゆとりが生じるにつれ、より奔放に羽搏(はばた)くのであろうが、ときには、肉体を游離し、肉体を犠牲にしてまで独走しようとすることがあり、それが精神というものの特質ともいわれている。昨今は、信ずるに足るものは、肉体のみであるとする一種の官能主義が横行しているが、これは、かつての精神至上主義というか、肉体蔑視主義への裏返しであって、肉体といい、精神といい、勿論一方を無視して人間を考えることはできまい。しかし、人間の創造活動は、まさに精神の所産である。肉体を率い、肉体につき上げられつつも、創造の花火は、やはり、精神の色合いを帯びている。創造の所産は、期せずして、その作家が、何を見、何を感じ、何を訴えたかを露呈している。逆に云えば、その作家が何を見、何を感じ、何を訴えたかったからこそ、創造が噴出され、作品が残るのである。
 この、作者と作品の因果関係は、広い意味でいえば、人間の活動のすべてにあてはまるのだが、その作品が、深く美しく私たちの胸を搏つからこそ、溯って、作者の創造精神の美しさを追いもとめようとするのであり、作者の、ゆるぎない創造精神に魅せられるからこそ、限りなくその作品に愛着するのであって、旭匠さんについて語る私の喜びは、ひとえに、この、旭匠さんの、精神の秘密にかかっているのである。